人の感情の「世話」をしてきた人の心理
気づくと、いつも人のことを優先している。
相手の機嫌が気になって、
怒らせてないかな?
寂しい思いをしていないかな?
自分がどうしたいかよりも、
相手がどう感じているかのほうが気になる。
幼少期から無意識のうちに、そんなふうに過ごしてきた人は、
少なくないのかもしれません。
一見するとそれは、
ただ「相手思いの優しい人」という印象で終わるかもしれません。
きっと周りは、そのように評価してきたことでしょう。
でもその背景には、
自分よりも他人を優先することが当たり前、むしろそうしないといけないという状態になっていることが隠れていることがあります。
人に優しくすること自体は、とても大切で価値のあることですが、
それが「無理をしてでもやってしまうもの」
「無理しているという意識が無くても、実は無理してやっているもの」
になっているとき、そこには少し別の背景があることがあります。
それが、幼いころから、人の感情の「世話」をしてきた経験です。
ここでいう「感情の世話」とは、
主に、自分の気持ちよりも、他人の感情を優先して動くことを指します。
例えば、相手が怒っていないか気になる。
場の空気が悪くなると、自分が何とかしなければいけない気がする。
誰かが不機嫌だと、自分のせいではないかと感じてしまう。
なんとなく誰かの世話をするように仕向けられてきていたが
当たり前のようにそれをこなしていた。
こうした感覚がある人は、
知らず知らずのうちに周囲の人の感情を整えようとしていることがあります。
では、なぜそのような状態になるのでしょうか。
その背景には、子どもの頃の環境が影響していることがあります。
例えば、大人の機嫌によって空気が変わる家庭。
怒られないように気を遣う必要があった環境。
学校などの組織で、自分の気持ちよりも、大人の期待など
周囲に合わせることが求められていた状況。
こうした環境の中では、子どもは自然と
「どう自分が振舞えば、この場がうまくいくか」を考えるようになります。
その結果、人の感情に敏感になる力が育っていきます。
これは一見すると、とても優れた能力ですので、周りの大人は、
こんな状態に陥っているあなたを問題視しません。
空気を読む力。
優しく人の気持ちを感じ取る力。
関係を壊さないように調整する力。
これらは社会の中で生きていくうえで、とても大切なものです。
ただ同時に、自分の気持ちを後回しにするクセも身についていきます。
この状態が続くと、
自分がどう感じているかよりも、
相手がどう感じているかのほうが重要になっていきます。
自分が疲れているかどうかよりも、相手の機嫌。
自分が嫌かどうかよりも、場の空気。
自分の気持ちよりも、周囲との関係。
こうして少しずつ、自分の感情が後回しになっていきます。
そして気づいたときには、
自分が何を感じているのか分からなくなっていることがあります。
本当は嫌だったのに、それに気づけなかった。
無理をしていたのに、誰もそれに違和感を感じなくて、それを当たり前だと思っていた。
そうした状態が続くと、
ある方向に思考が傾いていきます。
それが「自分を責める」という方向です。
場がうまくいかなかったとき。
誰かが不機嫌になったとき。
そうした出来事に対して、
「全部、自分のせいかもしれない」と感じてしまう。
なぜなら、これまで
「場をうまく保つこと」を自分の役割としてきたからです。
そのため、何か問題が起きたときに
「自分がうまくできなかったからだ」と考えやすくなります。
さらに、この思考にはもう一つの側面があります。
それは、自分を責めることで関係のバランスを保ってきた、という点です。
自分が悪いことにすれば、その場は収まる。
自分が我慢すれば、衝突は起きない。
自分が引けば、関係は壊れない。
こうした経験を繰り返していくと、
自分を責めることが一つの習慣のようになっていきます。
これは間違ったことではありません。
むしろ、そのときの自分にとっては
最善の選択だった可能性もあります。
そうせざるを得なかったのです。
ただ、それを続けていると、
どこかで自分が消耗していき、いずれ崩れます。
そしてあるとき、
理由の分からない苦しさとして現れてきます。
人の感情の世話をしてきた人は、知らないうちに、
相手の気持ちを”自分の問題”として抱えてしまうことがあります。
誰かが不機嫌だと、自分のせいのように感じる。
何かがうまくいかないと、自分に責任を感じる。
誰かが悲しむくらいなら自分がそれを背負ったほうがマシじゃないか。
でも、本来、相手の感情は相手のものです。
どれだけ近くにいる人であっても、どれだけ大切な人であってお、
その人の気分や感情まで背負う必要はないはず。
ただ、これまでずっとそうやって生きてきた人にとっては、
それを手放すことが少し怖く感じることもあります。
「自分が気を遣わなかったらどうなるんだろう」
「関係が壊れてしまうのではないか」
「相手を傷つけたり、不幸にしてしまうのではないか」
そんなふうに思うのも自然なことだと思うのです。
だからこそ、いきなり変えなくていい。
ただ、ほんの少しだけ、
「これは自分の責任なのか?」と考えてみること。
それだけでも、これまでとは違う感覚が生まれてくることがあります。
全部をあなたが背負わなくていい。
そうやって、少しずつ、自分と相手の間に境界線を引いていくこと。
それが、これまでとは違う、関わり方につながっていくかもしれません。
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